走島、瀬戸内海のちょっと変わった島

走島(はしりじま)と言うのは広島県福山市鞆の浦の沖合6キロに浮かぶ離島です。
人口はどんどん減って今頃は500人を切っているかもしれない。30年前と較べ半減したと言う。
それでも5年前に訪れたときは未だ幼稚園、小学校、そして中学校が有ったらしいが、いずれも2015年には廃校になった。在校生がいなくなったかららしい。中学校の壁には “きれいな海はみんなの誇り”と書かれていたそうである。
夏場は海水浴客が訪れ民宿など何軒かあるらしいが、さて今はどうなのかわからない。
元々、なぜこの島を訪れたか、と言うと、ホームページでこの島には車にナンバープレートが無い、と言うショッキングな書き込みをみて、興味をそそられたからである。

以上2018年8月16日追記

 

走島の本浦
2013年10月31日、去年就航した新しいフェリー、神勢丸に乗って燧灘に浮かぶ走島を訪れた。10時40分発走島行、11時10分着である。

 


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予想はしていたが観光地として有名な鞆の浦とは正反対の目立たない、人々の生活臭のみで、一元の旅行者向きでないことはフェリーを降りてすぐに分かった。
小さな走島汽船のプレハブの待合所、せめて何らかの地図があるものと期待したが、全く何も無い。これは行政の問題と言うより必要性が無いからであろうか? 過去に訪れた島と比べて、異様な程 案内が少ないと言う印象を受けた。
元々走島は漁業の島で、観光色は殆どない、とネットのホームページには紹介されていた、が、である。何でも実際自分の目で見なければ実感として分からない。

鞆港の切符売場横のお店の人に、お弁当は買っていったほうが好いですよ、と言われ買ったのだが、成程と思った。尤も、船中で客のおばさんに島には食堂はあるんですかね、と念のために聞いたのであるが、その時は民宿の食堂が開いているはずですよ、と言われ、ならばそこでビールでも飲めるかもしれないと期待していたのだが。

本浦に入港。防潮堤にはびっしりと海猫の群れが。合計すれば間違いなく島の人口よりも多いやろう。

次の便は十二時過ぎに入港なのでそれまで弁当を食べることにした。

10月終わりにしては結構暑い日で アア、ビールがあればなあ、と思いながら。勿論船着き場、および周辺にはビールを売っている店は無い、と言うか店というたぐいのものが無い。

さて港の突当りに荒れ果てた公園があり、とりあえず其処の東屋の椅子に座って助六弁当を食べながら作戦を考えることにした。この東屋、結構大きな屋根で日を遮るのには十分の大きさ。でも天井のへぎ板は片側が破損していて大きくだらっと垂れ下がっている。足下は雑草が生い茂り歩くときは草をよけて通らなければならない。ここは多目的広場の一角らしい。

なぜここで弁当か、と言うと、もともとは港の岸壁で、と思っていたが 先ほどフェリーが着いたとき防潮堤の上に夥しい海猫が羽を休めていて、ふとそれが脳裏をよぎったからである。弁当めがけて彼らが一斉に襲ってきたら! そう、ヒッチコックの”鳥”の世界が現実になるかも、と言う恐怖がこの場所を選ばせたのである。


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港では、スケッチを一枚必ず描くことにしている。写真も撮るが、それ丈では、自分がここに来たと言う強いメッセージが弱い、さらにこの場合、港で中心になる船が無ければならない。でもさっき乗ってきた船は既に出てしまった。ほかにこの港にはめぼしい船は無い。方法は一つ、次に入ってくるフェリーを待つしかない。即ち次のフェリーでは帰れないということを意味する。

このように、たいした絵では無いのだが、結構 忍耐、苦労と工夫が必要なのである。

十二時過ぎに防波堤の突端からスケッチを始める。
やがて十二時半初の便が入港してきた。
この新しいフェリー、昨年までの船、第35神勢丸と較べ大きいのであるが、長さが33メートルとフェリーとしてはかなり小さいので、外観が好いとは言えない。ずんぐりむっくりである。個人的には旅客船であった前の船のほうが好きである。煙突は前の船を踏襲していて緑色、整流フィンがついている。船内は完全にバリアフリーで洗面所も車椅子対応になっていて、日常利用する島民の方たちには随分と便利になったと思う。

 


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絵の左下には、海猫が一羽描いてある。
さて、スケッチは一時過ぎには終わり、次のフェリーまで二時間以上あるのでとにかくぶらぶらすることにした。
途中、カラオケと書いた小さな建物があったので覗いてみたら、今日は貸し切りです、と言われた。確かにお年寄り達の大きな歌声が中から賑やかに響いていた。しばらく港に沿って歩く。はずれに、さっき船内で聞いた民宿があり、外に喫茶店の看板が出ている。しめたと思ってドアを開けようとしたが開かない。別に閉店等の表示もない、が、全く人気がない。季節的に閉まっているのかな?
仕方なくそのまま海岸線に沿って歩く。バイクのお年寄りがもの珍しそうに僕をちらっとみて通り過ぎていく。たまにナンバープレートのない軽トラにも出会う。
海岸線から見る瀬戸内海の青い景色丈が、目を休めてくれる。
水島工業地帯の工場群が遥か彼方に見え、大型のタンカーや貨物船が航路上で停泊している。もっとも道中には廃業した店や旅館らしき家屋の残骸が放置され、何よりも異様なのは粗大ごみとして道路のわきに放置されたおびただしい軽トラなどの数。さらに海には廃船となって放置された沢山の漁船などの残骸。

 


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これらの景観はは誰も良いとは思っていないはず。でも現実には放置されている。子供達の故郷がこれではかわいそう。

約三十分ほど歩いて、島の反対側のキボシ手前で折り返した。流石に歩き疲れた。海水浴場らしき砂浜のあたりである。

 


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さて、本浦へ引き返したのであるが、酒屋さんがないのがどうも納得がいかない。このような漁港には、何とか商店と言う店が必ずある筈。
港の端、廃船が至る所に放置されている辺りの街角におじさんが立っていたので聞いてみた。
「どこかでビールが買えるところありませんかね?」
すると、笑顔になって「ここ」と言ってその角の家の中に案内された。中は、即ち雑貨屋さんだったのである。そしてたまたま訪ねた相手が店の主人。
「何で店の看板が無いんですかね? これじゃあ外から全く分からないやないですか?」と聞いてみると店主曰く
「そう、元々あったんですが、何年か前の台風で飛んでしまったんですわ。まあ、別に看板が無くても商売に全然影響が無いので そのままにしてるんです」とのことであった。
要は島の人しか利用しない、と言うことである。この説明が、端的にこの島の状況を示しているな、と思った。
そこで、缶ビールやワンカップを買い占めて 三時半の便まで暫し待つことになった。

フェリー乗り場への途中、機嫌の悪そうな猫が一匹歩いていた。この島には猫はあまりい無いようである。
この日天気は良く、瀬戸内海はあくまでも青く、遠くの島々も青い。
でも大きすぎる粗大ごみに覆われたこの島は何とも痛ましく思われ、何とか行政の手で回りの自然に溶け合うようなそんな環境が作れないものかと願望する。
島には小中学校があり、十数人の生徒さんがいるらしい。その子供たちの為にも故郷を誇りに思えるような島にしてあげたいものである。
フェリーから、去っていく島を見送りながらそんな事を考えた。

 


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